東京高等裁判所 昭和63年(う)58号 判決 1988年5月11日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣旨は、弁護人池原毅和作成名義の控訴趣意書のとおりであり、これに対する答弁は、検察官佐藤克作成名義の答弁書のとおりであるから、これらを引用する。
一審判の請求を受けない事件について判決をしたとの主張について(控訴趣意第一の一)
論旨は、原審が、判決宣告の予定されていた原審第六回公判において、検察官から弁論再開申立とともになされた訴因・罰条変更請求に対し、弁護人は反対の意見を述べたのにこれを許可し、これについてその後所定の手続を進めた上で、引き続いて変更後の訴因について有罪認定をした、しかしこれは訴因変更の許される時的限界を逸脱しており、違法・無効である。すなわち、原判示第一事実に関する当初の訴因は、被告人は覚せい剤を自ら腕に注射して使用したという単独注射使用の事実であったところ、右訴因につき結審後、検察官から、弁論再開申立とともに訴因等変更請求があった、変更後の訴因は、被告人は、Aと共謀の上、同人の手で自己の腕に注射してもらって使用した、との共同使用事実であるところ、一旦結審した後弁論再開申立とともになされるこのような変更請求は、結審直前等の審理の終盤においてなされる場合以上に被告人側の防禦の利益を害するし、右に述べた変更の程度は、起訴状の訂正や内容の敷えんに止まるものではなく、また訴因がはじめから共同による注射使用事実とされておれば、これについての審理の過程で、共犯者とされる右Aに対する尋問の機会に十分な反対尋問をすることができた筈と考えられるのに、当初単独での注射使用が訴因とされていたために、同人に対し、共犯であることを前提とする十分な反対尋問を行う必要を感じないまま進行してしまい、その後に訴因変更がなされることによって、結果的には変更後の訴因との関係で必要とされる反対尋問の機会を失わせられることになっている、そして、このように一旦結審後訴因変更請求がされることとなったのは、察するところ、右Aに対する証人尋問や被告人質問等の立証によって被告人の単独使用という当初の訴因は疑問であるとの立証がついてきたことを検察官も自覚したことによるものであろうが、検察官がこれに気付く機会は結審前十分にあったのに、弁護人の弁論で指摘されるや急拠変更請求をするのは、訴訟当事者として不誠実な行為というべきである、加えて右の時期にこのような訴因変更を認めると、被告人側に変更後の訴因についてのあらたな補充立証の負担を負わせ、迅速な裁判を受ける権利を害することになるのであるから、以上述べた諸点を総合考慮すれば、原審における本件訴因等変更許可決定は違法・無効と考えるべきで、そうすると原判示の第一事実に関する有罪認定は、審判の請求を受けない事件について判決したことになる、というのである。
そこで、所論と答弁にかんがみ、記録を精査し、当審における事実調べの結果をも併せて検討するのに、まず変更前の本件訴因は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六二年五月上旬ころ、東京都内において、覚せい剤を含有する水溶液若干量を自己の腕部に注射してその使用をした。」(犯行の日時、場所の特定の程度については、右のとおりである。)というものであって、これに対する原審冒頭手続での被告人の答弁は、「心当りがない。」という否認であったこと、証拠調べに際しては、被告人が覚せい剤を使用したとされる日時ころ被告人と終始行動を共にしていたAの検察官調書三通(各謄本)が不同意となったため、同人を証人として尋問したところ、同人の供述は、被告人の希望で同人が被告人の腕に注射してやったというものであり、この点につきかつて捜査官に対する供述調書中で、被告人が単独で注射・使用するのを目撃したと述べてきたのは、同人と被告人とが性行為をした時に同人が被告人の陰部に本件覚せい剤を注射したというような虚偽の事実を被告人が捜査官に述べていると聞かされて、当時被告人に対して腹を立てていたためである旨供述変更の理由を説明し、その際それらの点について弁護人からの反対尋問を受けていること、一方原審第三回、第四回公判における被告人の供述、被告人の捜査官に対する供述調書等によれば、冒頭手続における被告人の否認は、起訴状記載の日時ころ覚せい剤を使用したことが全くないという趣旨ではなく、その後間のない五月八日に任意提出した被告人の尿から覚せい剤が検出されたことをむしろ当然のこととして前提とし、ただその原因について、被告人の原審公判廷における供述では「五月三日(又は四日)及び五日ころ、Aから針のついていない注射器で覚せい剤を陰部に注入された。」ためであろうといい、一方捜査官に対する供述調書中では「二月中旬ころ」(五月一五日付検察官調書)あるいは犯行日の「約二〇日位前」(五月二二日付警察官調書)から、頻繁に使用していた、当時はAといわゆるラブホテルを泊り歩く生活をしていたが、「その間Aから両腕及び手首の血管、陰部にも注射してもらっていた。」し、そのような使用状況が原因であろうとの趣旨の供述をし、これは後日変更されることとなった訴因と基本的には同旨のものであったこと、そして右のとおり原審公判廷におけるAの証言も被告人の供述も、ともにそれぞれの捜査官に対する供述調書の内容と大幅に異なり、かつ相互に対立する内容のものであったため、原審公判廷においては、それぞれに対する詳しい尋問がなされた末、同年一一月六日の第五回公判において結審し、判決宣告期日を同年一二月七日と指定されたところ、その第六回公判期日において、検察官から、弁論再開の申立と本件訴因、罰条変更請求がされたこと、これに対し弁護人から反対意見が述べられたが、原審は弁論の再開を決定し、検察官から追加請求された若干の補足的な証拠を取り調べたのち右変更を許可したが、これに対する異議申立はなかったこと、変更後の訴因は、「被告人はAと共謀の上、昭和六二年五月六日ころ、東京都豊島区巣鴨<住所省略>「ホテル○○」客室内において、Aから、覚せい剤水溶液若干量を自己の腕部に注射してもらい、使用した。」という共同による注射使用事実であるほか、犯行の日時、場所等が被告人質問の結果明らかになったとして明示されるに至ったこと、これに対する被告人の答弁は、冒頭手続におけるのと同様に「身に覚えがない。」というものであったこと、弁護人からは格別の追加立証の申出はなく、また防禦のための公判期日続行の申出もなかったこと、そこで原審は結審し、その期日において、変更後の訴因どおりの事実を認定して有罪判決をしたこと、およそ以上の事実を認めることができる。
右審理の経過によると、検察官は、被告人の尿の鑑定結果から覚せい剤使用事実については確信を持ちながらも、使用の日時、場所、態様等については、Aと被告人の供述間の不一致、曖昧さ等のために、起訴時において特定することができず、その後原審公判における両名の供述内容等を検討の結果、被告人のいう陰部への注入あるいは注射という特異な事実よりも、Aのいう同人が被告人の腕に注射したという事実の方が真相に近いとの判断から、前記のとおり訴因・罰条の変更請求をしたものと認められる。ところで、検察官から訴因の変更請求がされたときは、裁判所は、刑訴法上公訴事実の同一性を害さない限り、これを許さなければならないのであって、その請求に時的制限はないのが一般的な原則である。そして、訴因等変更の要否の判断は、被告人側立証の状況をも考慮に入れつつなされることもあり得るから、その場合にはこれが審理の冒頭ないしこれに近い段階よりもむしろ終盤ないしこれに近い段階になってはじめて表面化するということも実務上ないではなく、さらに審理経過の如何によっては、結審後弁論再開の申立をしその上で請求することを余儀なくされるということも、もとより一般的には好ましいことではないけれども、時に避け難いことがあると考えられるのであって、そうした場合にも、それが審理経過からみて真に必要であり、かつとくに不当とすべき事情がないと認められる限り、許されないことではないと考えられる。もとより、この場合、訴因・罰条の変更によって被告人側の防禦に実質的な不利益を生じるおそれがないよう配慮することが必要なことは言うまでもない(刑訴法三一二条四項)。
これを原審における審理経過に則して検討するのに、
(1) 本件起訴状は昭和六二年五月二七日付及び六月三〇日付の二回に分けて提出されているが、同年一二月七日判決宣告となるまでの五ないし六ヶ月の間に合計六回の公判審理がされているところ、起訴事実のそれぞれに法律上の争いがありそのため数人の証人調べや詳しい被告人質問を必要とした経過を考慮するときは、争いのある事件についての審理期間としてはむしろかなり迅速に進行していると考えられ、所論が強調するところの、長期間の審理を続けた末にようやく終結を迎えるという時になってからの訴因変更請求が被告人側の防禦に不利益を生じさせる場合とは全く事情を異にしていると考えられるし、
(2) 証人中、共犯者Aと被告人の起訴前、起訴後の供述には著しい変遷・対立があり、しかも原審公判廷での供述内容にもそれぞれ明確でない部分が多くて真相把握のためには慎重な点検を必要としたことが記録上明らかに認められることからすると、もとより検察官において訴因変更請求の要否を結審前に検討する余裕がなかったわけではなく、そのように処理するのが望ましかったことに違いはないけれども、反面請求が結審後になったとの一事をもって直ちに変更請求権の行使が不誠実であるとか濫用にあたるとかいうべき事案ではないと考えられ、
(3) さらに訴因変更によって、訴因上は単独犯と共同犯という相違を生じることとなってはいるが、実質的には、被告人の尿から覚せい剤が検出された原因について、使用日とされるころには終始被告人とAとが行動を共にしていたことを争いのない前提事実として承認した上で、使用行為の態様、つまり注射器の操作をしたのはAか被告人かの違いだけであり、しかもこの場合単独使用を否認しようとすれば共同使用の状況に触れなければならず、その意味では表裏の関係にあるともいえる変更であり、実際原審での証拠調べもそのような経過・内容のものであったと認められるから、訴因が前述のとおり変更されても、そのこと自体によって被告人側の防禦に実質的な不利益を生じるおそれはなく、被告人側において特に必要があるときは防禦のため補充立証の申出をすることによって十分対応できる範囲内にあると認められ、
(4) 本件の場合にも、かりに訴因変更前すでに取調済となっているA証人に対する再尋問、あるいはあらたな補充立証をすることが被告人側の防禦上真に必要と考えられればその請求をする余地があったと考えられるところ、本件記録によると、訴因変更の許否決定前、弁護人から反対の意見が述べられたことは認められるけれども、許可決定に対する異議申立や、変更後の訴因について防禦のための補充立証の申出等は全くなされていないのであって、このことは、反面において、前記(3)で述べたとおり、訴因変更前の審理が、すでに実質的には変更後の訴因に関連する重要な争点にも及び、変更後これに関するあらたな立証の必要を弁護人にも感じさせなかったためではないかと理解されるのであり、
(5) そうしたことから、単独犯と共同正犯との間では、訴因変更をしないまま認定しうる場合がかなりの範囲であると一般に考えられているなかで、原審が、結審後再開してのことではあったにもしろ、訴因上の変動を、はっきりと変更手続にのせ、被告人側に対して防禦の機会を明示的にもうける措置をとったことは、不意打ちによって防禦に実質的な不利益を生じさせないための一つの方策として理解できるところであって、事案の内容からみると、変更前の訴因に対する被告人側の防禦のための立証努力を無にするものというのは適当ではない。
以上のように考えてくると、本件は、所論において強調されているところの、裁判所が訴因変更を許可しなかった事例とは、基本的に事実関係を異にしていてこれと同様に考えるのが相当な事案ではなく、防禦上の不利益を生じるおそれも認められないのであって、そうすると本件訴因変更を違法・無効とすべき理由は全くないから、この点に関する論旨は理由がない。
二事実誤認ないし理由齟齬の主張について(控訴趣意第一の二)
論旨は、原判決は、原判示第一の覚せい剤使用事実をAとの共謀によるものと認定したが、実質的にその証拠となり得るものは、結局のところ、(1) 被告人の警察官調書(五月二二日付)中「この間、私は、Aから両腕及び手首の血管又、陰部にもシャブを注射して貰っておりました。」との部分、(2) 原審公判廷におけるA証人の供述ぐらいしかなく、(2)の証言は措信し難く、(1)の供述調書にも疑問があるので、そうすると、原判決には同事実について共同正犯と認めるに足りる証拠がないのに、右証拠の評価を誤って共犯事実を認定し、事実誤認ないし理由齟齬を犯した違法がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ検討するのに、(2)のA証言は、原審公判廷において、同人が被告人の腕に注射してやったと明確に述べ、捜査段階において被告人が自分で注射しているのを見たように述べて、公判証言と異なる供述をしたのは、先にもふれたような理由で被告人に対して当時腹を立てていたためである、とその間の事情を説明しているほか、原判示第二事実の覚せい剤を押収した前後の状況に関する証言部に裏付けがあることを含めて、証言は全般的に見て被告人の公判供述よりも混乱なく率直になされており、被告人の供述よりも信用できると考えられることについては原判決が詳細に判示する通りと認められる。次に(1)の調書中の、Aに注射してもらったのか被告人が自ら注射したのかとの部分に関連してみてみるのに、被告人の右警察官調書(五月二二日)中には、所論指摘の部分だけでなく、これに続いて、被告人は「一四才ころ覚せい剤の注射をして貰ったのが最初で、その後数え切れない位やっている。」といい、他の供述調書においても本件当時頻繁に覚せい剤を注射していたことを一貫して前提事実とした上で、そのような場合「自分で注射することは出来ますがめったに注射しません。」「(問)最近自分で注射した事はありますか。(答)本年四月の中旬ころ自分の右腕に注射しております。」と述べていて、その文脈上、大半は一緒に居合わせた人に注射してもらっていたというものであるところ、本件当時被告人と行動を共にしそのような立場にあったのはA以外にないと認めて差し支えない証拠関係と認められ、右の供述調書に所論がいうような疑問があるとは認められない。その他、被告人の捜査官に対する供述調書中の大筋においてこれに符合する供述記載等を総合して検討すれば、原判決挙示の各証拠により、原判決が共同使用事実を認定した理由として詳細に補足説明する点を肯認することができ、そうすると、原判決には所論のいう事実誤認ないし理由齟齬の違法はなく、論旨は理由がない。
三訴訟手続の法令違反の主張について(控訴趣意第二)
論旨は、原審が原判示第二事実である覚せい剤所持事実について有罪認定をする際に証拠とした押収覚せい剤二袋(昭和六二年東地領第三三四八号符合九号)は、被告人の投宿先であったホテル「××」三〇三号室へ臨場した警察官らが、被告人から金庫開披の承諾を得ないま開披し、金庫内から取り出して押収したものであり、その捜索押収手続に違法があるため証拠能力を認めることができないのにこれを有罪認定に用いた違法があり、この証拠がなければその有罪認定をすることができなかったことは明らかであるから、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで検討するのに、原審公判廷における証人浅田誠治の供述によると、当日ホテル側からの料金不払い客がいるとの通報によって同ホテルへ臨場した浅田、渕上の両巡査が、ホテル従業員であるBほか一名に案内されて三〇三号室へ行ったところ、室内に被告人一人が居り、右警察官からの「何故宿泊代を支払わないのか。」との質問に対して、「所持金はなく、連れの男が逃げてしまった。」と答えるのみで住所・氏名も答えようとしなかった、その際同室内にあった金庫に鍵がついていないのに気付いた右警察官らが、何か金目の物でも入っているのではないかと考えて「開けてもいいか。」と質ねたところ、被告人は「開けたければ開けてもいいよ。」といって開披を承諾した、しかし鍵は連れの男が持って逃げたということであったので、ホテル側のスペアーキーを使い、両巡査、被告人立合のもとに、ホテル従業員が開披した、とその経過を述べている。これに対し、被告人は、原審公判廷において、右金庫は、警察官らがいるところへAが丁度帰って来たあとで開けられたもので、その時の状況は、警察官らがAから鍵を出させ、同人が「鍵を返せ。」といって殴りかかったのに開けたのであり、その間被告人は何も言わなかったといって前記浅田巡査の証言と対立している。しかし、右被告人の供述は、Aの原審における、「自分がホテルに戻った時金庫はもう空いていた、鍵も任意に出し、抗議もしなかった。」という証言と矛盾し、さらにはホテル従業員であるBの警察官調書の記載によって信憑性を否定されているのであり、原審が覚せい剤押収の経過について浅田証人の供述を信用し、同巡査が被告人の承諾を得た上で金庫を開披したものと認定した点に誤りはなく、従って違法収集証拠として証拠能力のないものを有罪認定に供したものではないこととなるから、その訴訟手続に法令違反のかどはなく、論旨は理由がない。
四量刑不当の主張について(控訴趣意第三)
記録を精査し、原判決の量刑の当否を検討するのに、本件は被告人の年少のころからの長期間にわたる使用歴を基盤として、犯行当時の常習的使用行為の一部として行われたものであるという犯行の根深い性質、覚せい剤を摘発されないようにして手許に所持していたい余りとは言いながら、外出時には覚せい剤や注射器等を陰部に挿入して隠すことをもいとわないほどの覚せい剤に対する強い執着、ことに昭和五七年五月二六日東京地方裁判所において覚せい剤使用二回の事実によって懲役一〇月以上一年六月以下の刑に処せられ刑の執行を受けたのち、さらに同五九年五月三一日前同裁判所において覚せい剤使用一回、同所持一回の事実によって懲役一年六月の刑に処せられたにもかかわらずまたまた今回同様の犯行に及んだものであること、家庭を飛び出していて親などによる監督・指導に実効性をあまり期待できそうにない現状にあって再犯の危険も大きいと考えられること等を総合勘案すると、被告人の年令、更生の可能性、反省の程度その他有利に斟酌しうる諸事情をすべて考慮しても、原判決の被告人に対する量刑が重過ぎて不当であるということはできない。
所論は、共犯者Aが別に起訴・判決を受けた際の同人に対する量刑が懲役一年六月であったところ、右判決で有罪認定がされた事実の内容、及びそのうちの一つである被告人との共犯事実においてAが年齢、性別、当該覚せい剤の購入者であったこと等の点からみて主導的役割をはたしたと考えられることと比較すると、被告人に対する原審の量刑は重過ぎて権衡を失しているという。しかし、Aに対する量刑判断資料は、その性質上、被告人に対する本件記録上は殆ど明らかではない。僅かに本件記録中にあらわれているところ、例えば同人に対する右判決書謄本と、被告人との共犯事実に関して同被告人側の記録にあらわれたところによれば、Aの有罪認定事実、原判示第二の共犯事実において両名がはたした役割りの差については、およそ所論のとおりと考えられるほか、Aには同種前科は一犯あるだけであるのに対し、被告人には二犯あり、被告人にとっては本件が三犯になる関係にあって、覚せい剤事犯の反覆性に若干差があるようであること、Aについてはその親が警察と連絡をとり、覚せい剤との縁を断たせるよう心を砕いている態勢にあるとみられるのに対し、被告人については、先に述べたとおり、大きな不安をかかえる家庭事情にあって、再犯の心配が強いこと等を対照することができるにとどまるのである。そうすると、量刑判断がその他諸々の事情を総合考慮してなされるものであることからみて、これだけの資料でAに対する量刑結果との権衡を判断することができないことは、手続の性質上止むを得ないところである。もとより量刑の当否を判断するにあたって、他の同種事件に対する量刑の一般的基準ないし傾向を考慮することは当然に行われる性質のものと考えられる。しかし、この点を考慮にいれても被告人に対する原審の量刑が原審に許されている裁量的判断の枠を超えて重過ぎて不当であるとは認められず、論旨は結局理由がない。
そこで、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入することとする。
(裁判長裁判官船田三雄 裁判官秋山規雄 裁判官山田公一)